【ゲーム制作】誕生日からの脱出【前日談】

誕生日からの脱出タイトル画面その他
脱出ゲーム1のタイトル画面 背景「ぐったりにゃんこ」

 こちらの記事は、記事ではなく、以前別名義(どくだみ)で創作した脱出ゲーム「誕生日からの脱出(ニコニコ動画ゲームアツマール)」に入れられなかった、はじまりの物語です。
 ゲームプレイをしてくださった方はもちろん、ゲームをされていなくても分かるように書いております(たぶん)ので、もしも興味が出た! という方は上記のリンクからプレイしてみてください。無料なのとブラウザゲームなのでDLせずに遊べます(ニコ動アカウントは必要です)。

 では、いっときの暇つぶしになれれば幸いです。

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【ゲーム制作】誕生日からの脱出【前日談】

 少年の父親は、偉大な冒険者だ。

 世界から信頼されて、尊敬されている父のことを彼は自慢に思っていたし、彼自身とても尊敬していた。
 しかし同時に、寂しくもあった。

「今年も仕事だろうな」

 憂鬱そうなため息をつきながら、少年は机から顔を上げた。視線の先にあるのは暦であり、後数日後の日付には赤色の〇がされていた。

 その日は、少年の生日だ。

 とはいえ彼の父親は忙しく、少年の記憶では一度も誕生日を共に過ごしたことはない。
 仕方ないことでもあった。少年の誕生日は夏。魔物が一番活発になる時期だ。討伐をメインとしている父親が駆り出されるのも致し方ない。

 少年は幼くともそのことを理解していた。理解は、していた。

 頭の理解と心の納得は、しかし別問題だ。
 ただでさえ普段から彼の父親は忙しく、家にいない。魔物が活発であるとか、活発でないとかは変わりなく、国から呼び出されることが多い。
 仕方ないことだ。
 国で……大陸でも屈指の強さを誇る父が出なければ危険な討伐任務もある。特にこの国は魔物の被害が多いのだ。父親が出なければ怪我人はおろか死者もたくさん出てしまうだろう。

 仕方ないことだ。仕方ないことなのだ。

 少年は胸のあたりをぎゅっとつかみ、自分自身を納得させようとしたが、その努力は中途半端に終わり、幼い顔がくしゃっとんだ。

***

「え、お休み?」
「……ああ」

 誕生日がついに明日となったものの、憂鬱な気分のままであった少年は、それでも父に迷惑をかけまいと元気な姿を見せていたが、父親のたった一言にどきんと胸を高鳴らせた。
 行ってらっしゃいと言い切る前に、「あー、その。明日は休みでな、その」と何とも言いにくそうにぼそぼそ呟いた父親の姿は決して格好いいものとは程遠かったが、少年には関係なかった。

(もしかしてここ数日いつもより忙しかったのって、このため?)

 そんなことにまで気づけばなおさらだ。

「う……その、どこか行きたいところはないか?」

 補佐官であるルイードに肘でつつかれた末に、ようやく少年に問いかけを行えた父親に威厳はなく、大陸屈指の冒険者として名をはせている英雄には見えない。

 しかしキラキラと目を輝かせて父親を見上げる少年には、世界一の父に見えていたに違いなかった。

「うんっ、うんっあるよ! 行きたいところ、たくさんあるよ!」

 興奮気味にたくさん場所を上げていく少年の姿は、普段の大人しいものとは違った。父親も、そして補佐官もやや驚いた顔をしたが、すぐに微笑んだ。

「そうか。順番に全部行こう」
「それは結構です。しかしさすがに時間が足りませんね。スケジュールの調整をしておきましょう」
「頼む」
「ぼっちゃん。では明日はその中でも特に行きたい場所を中心にいくつか回りましょう」

 少年は楽しそうに笑って、補佐官と明日の予定について話し始めた。補佐官もまた、父親に向ける冷ややかな目線とは違い、穏やかな顔で少年に接していた。
 父親はそんなやりとりを、黙って聞いていた。
 その表情はあまり変わりなかったが、纏う空気はとても穏やかだった。

 翌日。

 満面の笑顔を浮かべた少年と、よそよそしくも少し嬉しそうな父親の2人が武器屋から出てきた。
 少年が一番に行きたいと言ったのが武器屋だったのだ。

「僕、将来は父さんみたいな立派な冒険者になりたいんだ! だから武器の知識もしっかりと持っておきたくて」

 行きたかった場所に来れただけでなく父親と一緒。それも誕生日に、ということで少年はそれはもう嬉しくて仕方ないという顔をしていた。

 父親は父親でそんな少年の姿を見て、内心とても感動していた。
 いつも寂しい思いばかりさせている情けない父親に対してそんな風に想ってくれていたのかと。いつのまにかこんなにも立派に成長してくれていたのかと。
 同時に情けなくも思った。
 本当はこんなにも溌溂とした性格であるのに、自分に迷惑をかけまいと普段は我慢していたのかと。そんなことにも自分は気づけなかったのかと。
 しかし息子の本来の姿を見れた嬉しさが、一緒に過ごせる幸せが後悔と情けなさを上回っていた。

 ちなみに補佐官はいない。親子水入らずで過ごせるようにと気を使ったのと、冒険者ギルドに行ってスケジュールの調整を行うためだ。

(まあ調整というより……脅しに近いだろうが)

 今回父親が今日という日を開けることになったのも補佐官の一睨みに頷いたことがきっかけで、彼の睨みに耐えられる者はそうそういない。少なくとも、この街の冒険者ギルド内にはいない。

 またしばらく忙しくなるかもしれないが、楽しそうな息子の姿が見れるならば、忙しいくらい大したことではない。

 少年の父親はそう思って、ほんの少しだけ口元を緩めていた。

 そうしてその日は、少年にとっても父親にとっても、素晴らしい日になる。

 はずだった。

「カイル様!」

 少年の父の名前が街中で叫ばれた。2人が振り返れば、一人の男がいた。軽鎧を身につけた格好から冒険者と思われた。
 男はひどく慌てていて、少年の姿は目に移っておらず、父親――カイルだけを見ていた。
 カイルは男のことを知っていた。若干驚いた顔をしてから、ひとまず男を落ち着かせようとした。

「早く来てください! あいつが、あいつが大怪我をっ」

 男が叫んだ名前にカイルも少年も目を見開いた。その名はカイルの教え子の名前であり、少年が兄と慕う男のものだった。

「父さん、行こうっ」
「あ、ああ」

 カイルも動揺していた。だから、少年の言葉に頷いた。……そうするべきではなかったのに。

***

(良かった。本当に、良かった)

 少年はそう安堵した。
 寝台に横たえられ、治癒術士に囲まれた知り合いの姿に息をのんでいたが、それでも無事だということに安堵していた。

 ただ、

『やはりあいつにまだカイル様の代わりは荷が重かったか』
『調子乗ってたから、いい気味だ』
『いや、今回はカイル様がいても……』
『カイル様、どうして今回は前線にいなかったのかしら。去年は……』
『そうだな。去年はカイル様がいたからなんとかなったのに』

 ひそひそと聞こえた言葉が、頭から離れなかった。

(お兄ちゃんはとても強くて凄い冒険者だ)

 兄と慕う人物への批判じみた言葉を精一杯否定したい気持ちでいっぱいで、しかし何も言えなかった。

(父さんとお兄ちゃんが協力して戦えてたら、きっとこんなことには)

 自室のベッドに座り、少年は胸もとをぎゅっと握りしめた。
 父は冒険者ギルドに残っている。補佐官のルイードも、治癒術士として呼ばれていた。けが人は一人だけではないのだ。
 だから今この家に少年はただ一人だった。
 広い家に、ただ一人だ。

(なんでだろ。一人は慣れているのにな)

 やたらと家が静かな気がして、少年は落ち着かなかった。胸の奥がざわついていた。

『カイル様、どうして今回は前線にいなかったのかしら。去年は……』

 少年の息が乱れる。その幼い顔が苦痛に歪み、彼はベッドに倒れこんだ。体を丸め、なんとか苦痛から逃れようとさらに強い力を込めて胸もとを握りしめても、苦痛が弱まることはなかった。

『坊ちゃん、来月の誕生日ですが欲しいものはございませんか?』

 穏やかな笑顔で話しかけてきたルイードとの会話が思い出された。少年は嫌だと首を横に振った。それはいけない。今、思い出してはいけない。
 胸もとから手を離して今度は両耳を覆う。何度も何度も首を横に振り、別のことを考えようと頭を働かせた。

 しかしそんな努力もむなしく、少年は思い出してしまう。

『……父さんと一緒に、出掛けたいな』

 そう願い、口に出してしまったことを思い出してしまう。

『カイル様、どうして今回は前線にいなかったのかしら。去年は……』
『そうだな。去年はカイル様がいたからなんとかなったのに』

 なぜ父親のカイルが今日という日に限って戦いの前線にいなかったのか。少年は知っている。誰よりも、よく知っている。

「ぅ……あ」

 少年は何かを叫ぼうとして、そんな自分が許せなくて顔を枕に埋めて叫ぶのを抑え込んだ。そうして一晩中、何かをこらえ続けるのだった。

***

 翌朝、ルイードが家に帰って来た。

 結局少年は一睡もできなかったが、不思議と体は疲れておらず、ルイードを出迎えた。

「ただいま帰りました。申し訳ございません、坊ちゃん。今朝食を用意させていただきます」

 おかえりと笑う少年にルイードは気遣うような顔をしたが、あえて何も触れずにいつものようにふるまっていた。
 だから少年もいつものように『うん、わかった。待っているね』と頷いて、テーブルの準備をしようと動き出した。

「坊ちゃん?」

 だというのに、なぜかルイードが驚いた顔で少年を見ていた。少年は不思議そうにルイードを見返した。
 どうしたの? と首を傾げた少年に対し、ルイードは唇を何度も開閉させた。

「おはようございます、坊ちゃん」

 そうして何度目かにようやくそう言ったが、おかしなことだ。なぜ今更朝の挨拶なのか。
 少年はますます怪訝に思ったものの、おはよう、と返した。ルイードの顔がくしゃりと歪んだ。

「まさか……声が」
(声? どうしたの、ルイード。さっきから変だよ?)

 いよいよ心配になった少年は付近へと伸ばそうとしていた手を止め、ルイードに駆け寄った。昨晩いなかったということは、父親の補佐官としての業務が忙しかったのだろう。
 疲れているなら無理しなくていいよ、と少年は声をかける。

(ごめんね。お父さん、書類仕事苦手だからルイードにまた押し付けたんでしょ?)

 冒険者として尊敬している父親の弱点は書類仕事だ。いつもルイードに叱られている姿を見ている。
 だから少年はルイードが昨晩家にいなかった理由を「事務仕事をこなしていたから」と思っていた。
 ルイードが少年の肩を掴んだ。今だに泣きそうな顔をしているルイードだが、その目は真剣だった。

「昨日のことは覚えていらっしゃいますか?」
(昨日? 昨日は……ずっと家にいたよ)

 どうしてルイードがそんな分かり切ったことを聞いてくるのかを少年は理解できなかったが、改めて口にした。口にすることで一人で誕生日を過ごした寂しさを思い出したが、そんなことは平気だとアピールしてみせるように笑った。
 ルイードは、そんな少年の口元をやたらと真剣に見ていた。まるで口の動きの一つ一つをしっかりと読み解いているかのように。

「そうですか……そうですね。はい。そうでした……申し訳ございません、坊ちゃん」

 そうしていつもよりゆっくりと少年の言葉を聞いた後、ルイードは深いため息を吐き出しながら、少年を抱きしめた。
 自身より大きなその体が震えているので、少年は「元気出して」と口を動かしながらルイードの背中をポンポンと叩いた。
 お腹は減っていたけれど、そんなことよりも家族のような目の前の大人の方が大切だった。

 しかし少年が慰めれば慰めるほどに、ルイードはその体を震わせ

「申し訳ございません、申し訳」

 そうしてひたすら少年に謝り続けるのだった。

***

 今日は少年の誕生日だった。

 とはいっても、特別何かが変わるわけではない。
 いつも通りに起きて朝食を食べ、いつも通りに勉強と剣の特訓を行うのみだ。ただそこに、ルイードからの祝いの言葉と、知り合いや父親からの贈り物が渡されるのが加わるだけ。
 もちろん、嬉しいことだ。

(ありがとう、ルイード……みんなにも、お礼言わなきゃ)

 いや、勉強の時間がお礼の手紙に変わりはする。

 しかしそれはやはり毎年のことで、少年の傍に父親の姿はない。

(父さんと以前会話したのは、いつだったかな?)

 もやはそんなことを覚えていないくらいに、ろくに会話をしていなかった。いや、会話できるわけもない。

(僕はいつから、声が出なくなったんだっけ?)

 少年はその日のことを覚えていない。気づいた時には声が出せなかった。以前は確かに喋っていたと記憶しているのに、だ。
 何か特別なことがあったのだろうかと思い出そうとしても、何もそれらしい記憶はない。

(……?)

 知らない間に胸もとを握りしめていた手を、少年は不思議そうに見下ろすのだった。

誕生日からの脱出 へ続く)

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